化学・学習法コラム

AIを使って、理論化学はどこまで独学できるのか

執筆・監修:弘道塾 塾長
大学受験指導歴30年以上。数学・物理・化学を直接指導。

理論化学は、AIとの対話だけで学べるのか

理論化学では、化学平衡などの概念を理解するだけでなく、反応式、物質量、平衡定数、気体の状態方程式を組み合わせて計算する力が求められます。生成AIは解説や計算過程を示せます。今回は、解答の正確さに加え、生徒の誤解への対応にも注目しました。

今回はClaude Opus 5.5とGemini 3.8 Flashを用い、化学平衡の概念学習、2007年東京工業大学の過去問、誤った考え方への対応を比較しました。生徒役との模擬対話による少数の検証であり、実際の受験生の学習効果を測定したものではありません。

両モデルは難関大学の計算問題に正答。一方、誤解の発見、現行課程への補足、答えを伏せた対話には違いが見られました。

今回の結果だけでモデル全般の優劣を決めることはできません。

化学平衡を対話形式で学べるか

最初に、化学平衡を初めて学ぶ生徒を想定し、段階的な説明と理解確認を依頼しました。

ClaudeはNO2とN2O4の平衡など具体的な反応を使い、正反応と逆反応が同じ速さで進む動的平衡から、濃度・温度による平衡移動へと説明を進めました。生徒役の説明に不足があると、追加の質問で確認しました。

Geminiは水の蒸発と凝縮という身近な現象から入り、可逆反応と平衡移動へと展開しました。両モデルとも対話形式の説明はできました。ただし、Geminiが最後に示した高い理解度評価については、この対話だけでは妥当性を判断できません。

また、両モデルとも当初、発熱反応の説明に「熱」を反応式の右辺に書く旧来の表現を使う場面がありました。指摘後は現行課程の反応エンタルピー変化ΔHを用いる説明に修正しました。指摘されれば直せることと、初めから適切に説明できることは異なります。

答えが正しくても、理由が間違っていたら

次に、発熱反応 A ⇄ B(ΔH=−50 kJ) の平衡で温度を上げたとき、生徒役が次のように答えた設定にしました。

生徒役の回答

「熱いときはマイナス。よって発熱反応なので、逆反応が進む」

逆反応が進むという結論は正しいものの、「熱いときはマイナス」は誤解を含みます。ΔHの符号は反応に伴うエンタルピー変化の符号であり、温度が高いか低いかを表しません。

Claudeはこの表現に着目し、意味を問い直しました。Geminiも理由を尋ねましたが、問題のある表現そのものは明確に指摘しませんでした。結論の採点だけでなく、理由の確認が必要だと分かる事例です。

検証の詳細:結論と理由を区別する

反応条件:A ⇄ B、正反応のΔH=−50 kJ。正反応が発熱なので、温度上昇では吸熱方向の逆反応が有利になります。

Claude:「熱いときはマイナス」という説明を確認する質問を行いました。

Gemini:平衡移動の結論を認め、追加の理由を尋ねましたが、表現中の誤解は明示しませんでした。

一つの設定での比較です。異なる質問や対話では結果が変わり得ます。

東京工業大学の総合計算問題を解けるか

続いて、2007年の東京工業大学(現・東京科学大学)の化学の入試問題を使用しました。N2O3の分解、NO2とN2O4の平衡、酸素によるNOの酸化を組み合わせた問題です。

扱う主な反応

N2O3 → NO + NO2

2NO2 ⇄ N2O4

2NO + O2 → 2NO2

ClaudeとGeminiは、いずれも全設問に正しく解答しました。特に全圧の計算では、NOの酸化に使われずに残った酸素の分圧も含めて計算できました。

確認項目正しい結果
平衡定数の関係Kp=Kc/RT
平衡状態の気体の体積2.0 L
平衡状態の全圧4.0×104 Pa
検証の詳細:残存酸素を含めた全圧

初めのN2O3は8.00×10−3 mol、加えた酸素は2.40×10−2 mol。NOの酸化に必要な酸素は4.00×10−3 molなので、酸素は2.00×10−2 mol残ります。

平衡時のNO2は8.00×10−3 mol、N2O4は4.00×10−3 mol。分圧はそれぞれ1.00×104 Pa、5.00×103 Paです。

残存酸素の分圧は2.50×104 Pa。したがって全圧は1.00×104+5.00×103+2.50×104=4.00×104 Paです。

問題文の転載は行わず、検証に必要な条件と結果のみを紹介しています。

正しい解説でも、現在の受験生には補足が必要

今回の問題は2007年の出題で、当時の「生成熱」を使っています。旧来の反応熱と、現在の高校化学で用いる反応エンタルピー変化ΔHでは、発熱・吸熱に対応する符号の約束が逆です。

同じ発熱反応の二つの表し方

2NO2 → N2O4

旧来の反応熱:+55.3 kJ

現行課程の反応エンタルピー変化:ΔH=−55.3 kJ

どちらも同じ発熱反応を表します。

古い過去問の解説は旧来の約束に従えば正しくても、現行課程を学ぶ生徒には符号が逆に見え、混乱の原因になり得ます。違いを知らない生徒は、そもそも補足を求めることができません。

現行課程の受験生として同じ問題を依頼

そこで両モデルの新しいチャットで、「現在の高校化学を学んでいる大学受験生」と伝え、現行課程の知識と結びつけて解説するよう依頼しました。ただし、生成熱や符号の違いについて直接は指定していません。

Claudeは、旧来の生成熱と現在の生成エンタルピーの違いを自発的に補足し、ΔH=−55.3 kJへ読み替えました。

Geminiは、旧来の生成熱で正しく計算し、発熱反応と判断しましたが、現行課程との符号の違いには触れませんでした。

ここでの違いは正答か誤答かではなく、現在の受験生に必要な補足があるかです。Claudeも「現在の高校生」という文脈を与えられており、何の手がかりもなく課程の違いに言及したわけではありません。

検証の詳細:旧来の反応熱と現行課程の符号

問題で与えられた旧来の生成熱はNO:−91.3、NO2:−33.2、N2O4:−11.1 kJ/molです。

旧来の反応熱は(−11.1)−2×(−33.2)=+55.3 kJ。発熱反応を意味します。

現行課程の生成エンタルピーでは、対応する値の符号が逆になり、反応エンタルピー変化はΔH=−55.3 kJです。これも発熱反応です。

旧来の方法での解答を誤答とは扱いません。二つの表記体系の対応が論点です。

生徒の間違いを、答えを教えずに修正できるか

最後に、同じ過去問の全圧計算で、酸素の分圧を見落とす生徒を想定しました。両モデルには「すぐに正解を教えず、一度に一つずつ質問してほしい」と指示しました。

生徒役の質問

「NO2が1.00×104 Pa、N2O4が5.00×103 Paなので、全圧は1.50×104 Paになると思います。酸素はNOを酸化するために加えたものなので、反応が終わった後は全圧の計算に含めなくてよいと考えました」

Claudeは、NOの酸化に必要な酸素量、残存酸素の有無、その酸素が圧力を生じるかを順に質問し、実際に生徒役の回答を待ちました。途中で生徒役が全圧を3.0×104 Paと計算し間違えたときも、答えを明かさず分圧を書き出して足すよう促し、4.0×104 Paに修正させました。

Geminiも確認すべき質問は示しましたが、それぞれの模範回答まで一括で提示しました。化学的には正しい説明でしたが、今回指定した「生徒の回答を待つ」対話にはなりませんでした。

Claudeにも、一度に二つの値を尋ねながら生徒役が一つしか答えなかった際に、そのまま補足して進めた場面がありました。今回の結果を、常に理想的な指導ができるという意味には捉えていません。

検証の詳細:実際の質問の進め方

Claude:①酸素の必要量を尋ねる → ②残った酸素を確認 → ③残存酸素も圧力を生じるか確認 → ④酸素の分圧を計算 → ⑤全圧を計算。途中の誤算に対して再計算を促しました。

Gemini:酸素の必要量・残存量・全圧への寄与を問う質問を作りましたが、各質問の直後に自身で解答し、最後の数値まで説明しました。

評価上の注意:Geminiでは生徒役との往復が成立しなかったため、実際の誤答に応じた再質問能力は、この試行からは評価できません。

理論化学の独学で、AIをどう使うか

今回の結果からは、教科書と問題集を軸にしながら、説明の確認や途中の考え方の検証にAIを使う方法が考えられます。

  1. まず自分で解く。反応式と物質量の関係を整理し、どこで止まったかを確認します。
  2. 答えを伏せた質問をする。必要なヒントを一つずつ求めます。
  3. 理由を自分の言葉で説明する。正答したときも、考え方に誤解がないか確認します。
  4. 古い過去問は現行課程との違いを確認する。特に熱化学の表記に注意します。
  5. 最後はAIなしで解き直す。教科書や信頼できる解説と照合します。

そのまま使える質問文

化学平衡の理解を確認する化学平衡について、私が自分の言葉で説明します。結論だけでなく理由に誤解がないか確認し、必要なら一度に一つずつ質問してください。正解はすぐに教えないでください。
計算の間違いを自分で見つける添付した理論化学の問題について、ここまでの計算と考え方を示します。誤りがあってもすぐに答えを教えず、見直すべき点を質問で一つだけ示し、私の回答を待ってください。
古い過去問を現行課程で読み解く私は現在の高校化学を学んでいます。この過去問の解説を現行課程の用語・表記と対応づけてください。特に旧課程と符号や定義が異なる場合は、両者を区別して説明してください。

こうした指示を与えても、AIが必ず適切に対応するとは限りません。重要な箇所は教科書・模範解答と照合し、自分で判断できない場合は指導者に確認する必要があります。

結論――解答力だけでは、独学の質は決まらない

今回の検証では、ClaudeとGeminiはいずれも化学平衡の説明と東京工業大学の総合計算問題に対応し、過去問は全問正解でした。一方、誤った理由の発見、現行課程への補足、生徒の回答を待つ対話には違いがありました。

理論化学でAIは有力な学習支援の道具になり得ます。ただし、正しい解説を得られることと、生徒自身が正しく理解できることは同じではありません。答えを受け取るだけでなく、自分で考え、理由を説明し、必要に応じて確認できる使い方が重要です。

検証時期:2026年10月。使用モデル:Claude Opus 5.5、Gemini 3.8 Flash。化学平衡の模擬対話と2007年東京工業大学の過去問による少数の試行です。モデル間の一般的な優劣、実際の高校生の成績向上、長期的な理解の定着を示すものではありません。