化学・上級編

有機化学の構造決定問題は、
どこから考えるのか

東北大学の入試問題から考える、実験結果の読み方


実験が12個もある構造決定問題

有機化学の構造決定問題では、 分子式、加水分解、水素付加、酸化反応など、 多くの情報が与えられます。

一つひとつの反応は理解できても、 どの情報を使って何を決めればよいのか、 分からなくなることがあります。

今回取り上げるのは、 2021年度東北大学後期日程の化学第3問です。 12個の実験と10個の設問からなる、 有機化学の構造決定問題です。

2021年度 東北大学 後期日程 化学 第3問

炭素・水素・酸素からなる化合物A〜Fについて、 糖の構造、燃焼分析、加水分解、 水素付加、酸化反応などの情報が 与えられています。

特にC・D・E・Fは同じ分子式を持ちます。 加水分解すると共通する糖と、 それぞれ異なる化合物が得られます。

後半では、Eから生じる不安定な化合物Qが、 ただちにPへ変化するという条件も登場します。

出典:2021年度 東北大学 後期日程 化学 第3問。 問題文の転載ではなく、 構造決定に関係する実験条件を要約しています。

この問題を考える際、 まず12個の実験を番号順に追うのではなく、 何を決めるための実験なのか という視点で整理してみます。

実際の問題を、4つの系統に整理する

問題の前半には糖の構造に関する設問があります。 実験1では、Bを希硫酸で加水分解すると、 グルコースとメタノールが 1分子ずつ得られます。

実験2ではC・D・E・Fについて燃焼分析を行い、 共通の分子式を求めます。 その後の実験は、 加水分解で得られる化合物ごとに 整理できます。

系統 実験 決めるもの
C → J 3〜5 Jの構造
D → N 6〜8 NとPの構造
E → Q 9 Qの構造
F → R 10〜12 Rの構造

共通する条件:実験2

C・D・E・Fは同じ分子式を持ちます。 それぞれ131 mgを完全燃焼させると、 二酸化炭素264 mgと 水99.0 mgが生じます。

これらの化合物の分子量は350以下で、 いずれも還元性を示しません。 燃焼分析から分子式は C12H22O6 と求められます。

Cの系統:実験3〜5

Cを希硫酸で加水分解すると、 化合物IとJが得られます。

Iは、ラクトースを加水分解したときに グルコースとともに得られる糖です。 したがって、Iはガラクトースです。

Jには不斉炭素原子がありません。 Jを濃硫酸とともに170℃で加熱すると、 化合物Kが得られます。

Kに白金を触媒として 十分な量の水素を反応させると、 分子量が2.0増加したLが得られます。

さらにLは、別の化合物Mに 白金を触媒として加圧下で水素を 反応させても得られます。 Mは鉄を触媒として アセチレン3分子から生じる化合物です。

つまりMはベンゼンであり、 Lはシクロヘキサンです。 そこからKはシクロヘキセン、 Jはシクロヘキサノールと 判断できます。

Dの系統:実験6〜8

Dを加水分解すると、 IとNが得られます。 Nは不斉炭素原子を1つ持ちます。

Nに白金を触媒として 十分な量の水素を反応させると、 分子量が2.0増加したOが得られます。 Oには不斉炭素原子がありません。

Oを酸化するとPが得られます。 Pはフェーリング液を還元し、 赤色沈殿を生じます。 この条件から、Pは アルデヒドだと判断できます。

Eの系統:実験9

Eを加水分解すると、 IとQが得られます。 Qは不安定で、 ただちにPへ変化します。

Dの系統で分かったPの構造が、 Qを考えるための手がかりになります。

Fの系統:実験10〜12

Fを加水分解すると、 IとRが得られます。 Rは不斉炭素原子を1つ持ち、 ヨードホルム反応を示します。

Rに水素を付加すると、 分子量が2.0増加したSが得られます。 Sには不斉炭素原子が2つあります。

また、Rに臭素を反応させると、 分子量が159.8増加したTが得られます。 Tにも不斉炭素原子が2つあります。

※ 実験条件の要約です。 問題文の全条件・構造式の選択肢は 掲載していません。

このように整理すると、 12個の実験は無関係な情報の集まりではなく、 4つの化合物の構造を調べるための まとまりになっていることが分かります。

さらに、別の系統で決めた構造が、 ほかの系統を解く手がかりにもなっています。


共通部分を除けば、何を決めればよいのか

実験2の燃焼分析から、 C・D・E・Fの分子式はすべて C12H22O6 と分かります。

また、実験3・6・9・10を合わせて読むと、 これらの化合物を加水分解した際に、 共通してガラクトースが得られることが分かります。

そこで、分子全体を一度に考えるのではなく、 共通する糖の部分と、 それ以外の部分に分けて考えます。

C・D・E・Fに共通するガラクトースと、構造を決めるべきC6H12Oの部分を整理した手書きメモ
共通部分と異なる部分を分け、 何を決めるべきか整理する。

ガラクトースの分子式は C6H12O6です。

加水分解では水が1分子加わるため、 残りの化合物の分子式は C6H12Oになります。

C12H22O6 + H2O → C6H12O6 + C6H12O

つまり、問題の大きな課題は、 同じ分子式C6H12Oを持つ J・N・Q・Rの構造を、 それぞれの実験結果から決めること だと整理できます。

Jについては脱水と水素付加、 Nについては不斉炭素原子と水素付加、 Qについては不安定な化合物の変化、 Rについてはヨードホルム反応などを利用します。

燃焼分析から分子式を求める計算

実験2では、化合物131 mgを燃焼させると、 二酸化炭素264 mgと水99.0 mgが生じます。

炭素の質量

264 × 12 / 44 = 72 mg

水素の質量

99.0 × 2 / 18 = 11 mg

酸素の質量

131 − 72 − 11 = 48 mg

したがって、原子数の比は、

C:H:O = 72/12:11/1:48/16 = 6:11:3

組成式は C6H11O3 となります。

ただし、通常の閉殻中性有機分子では、 炭素・水素・酸素だけからなる分子の 水素原子数は偶数になります。

そのため、 C6H11O3 をそのまま分子式にはできません。

組成式量は131です。 問題冒頭の分子量350以下という条件を 合わせると、可能なのは2倍だけです。

C12H22O6 (分子量262)

共通する糖の部分を除けば、 決めるべきは4種類の C6H12Oの構造です。 まず問題全体を、この4系統に整理します。


問8が、別の設問を解くヒントになる

この問題で特に注目したいのは、 設問の後半に置かれた問8です。

問8では、化合物PとQが 平衡状態にあることが示され、 さらにアセチレンの水和反応が 例として取り上げられています。

アセチレンに水を付加すると、 不安定な化合物Vを経て、 化合物Wが生じます。

Vはビニルアルコール、 Wはアセトアルデヒドです。

不安定なビニルアルコールCH2=CHOHがアセトアルデヒドCH3CHOへ変化する手書き構造式
問8で示される、 ビニルアルコールから アセトアルデヒドへの変化。

ここで重要なのは、 化合物の名称を覚えていることだけではありません。

炭素間二重結合にOH基が直接結合した構造が、 カルボニル基を持つ構造へ変化する という反応の特徴を理解することです。

この反応は、問8だけを解くための知識でしょうか。

実験9の記述と結びつけると、 別の使い道が見えてきます。

問8の反応を、構造式から確認する

アセチレンHC≡CHに水が付加すると、 まずビニルアルコール CH2=CHOHが生じます。

しかし、ビニルアルコールは不安定で、 アセトアルデヒドCH3CHOへ 変化します。

CH2=CHOH → CH3CHO

炭素骨格は変わりません。 水素原子の位置と結合の状態が変化します。

OH基が結合していた炭素にC=Oができ、 隣の炭素には水素原子が移ります。

この関係は、エノール形と カルボニル形の関係として説明されます。

今回の問題では、 この構造変化を理解しておくことが、 Qの構造を考える手がかりになります。


「QはただちにPに変化した」をどう読むか

実験9では、化合物Eを加水分解すると IとQが得られ、 Qは不安定で、ただちにPへ変化します。

この「不安定で、ただちに変化する」という記述は、 問8のビニルアルコールと アセトアルデヒドの関係を思い出させます。

では、QからPへの変化にも、 同じ考え方を使えるのではないでしょうか。

Qの一般構造HO-CH=C(R1)(R2)から、アルデヒドPの一般構造OHC-CH(R1)(R2)への変化を考える手書きメモ
問8の反応を手がかりに、 QからPへの変化を考える。 R₁・R₂は置換基を表す。

この図では、QのOH基が結合した炭素と 隣の炭素の間に二重結合があります。

そこから水素原子と結合の状態が変化し、 Pではアルデヒド基が生じます。

ただし、この関係が分かっただけでは、 R₁・R₂に何が入るかは決まりません。

ここで使うのが、 Dの系統、実験6〜8で得た情報 です。

Dから生じるNを水素付加するとOになり、 Oを酸化するとPになります。 そしてPはフェーリング液を還元します。

この情報からPの構造を決めれば、 そのPをもとにQの構造を 逆向きに考えられます。

Dの系統で決めた構造を、 Eの系統を解くために使う。

この情報のつながりが、 今回の構造決定問題の重要なところです。

Pの構造から、Qをどう逆算するのか

① 実験8からPの官能基を決める

Oを酸化するとPが得られ、 Pはフェーリング液を還元します。

この条件から、 Pはアルデヒド基を持つ化合物だと 判断できます。

また、Oは酸化によって アルデヒドになるため、 第一級アルコールの構造を持つと考えられます。

② Dの系統からPの炭素骨格を絞る

実験6では、Nに不斉炭素原子が 1つあることが示されています。

一方、Nに水素を付加して得られるOには、 不斉炭素原子がありません。

この違いから、 二重結合の位置と炭素骨格を 絞り込むことができます。

さらにOが第一級アルコールであることを 組み合わせると、 Pの構造を決めるための条件がそろいます。

③ PからQを逆向きに考える

Pのアルデヒド基に注目します。

Pのカルボニル基に隣接する α炭素の水素原子を酸素側へ移し、 カルボニル炭素とα炭素の間を 二重結合にした形を考えます。

すると、OH基が炭素間二重結合に 直接結合した構造になります。

手書き図の一般式では、

HO–CH=C(R₁)(R₂) ⇄ OHC–CH(R₁)(R₂)

という関係です。 炭素骨格と分子式を変えずに、 QとPの構造を対応させることができます。

④ なぜ加水分解後に変化するのか

Eの中では、Qに相当する部分のOHが 糖との結合に使われています。

加水分解によってその結合が切れると、 遊離したQが生じます。

Qは不安定なため、 ただちにPへ変化します。 ただし、問8で示されているように、 QとPは平衡関係にあります。

このように、糖と結合していた状態と、 加水分解後に遊離した状態を 区別することも大切です。

Dの系統でPの構造を決める。 問8の反応を思い出す。 そしてEの系統でQの構造を考える。 別々の実験と設問を結びつけることで、 解答への道筋が見えてきます。


構造決定では、情報のつながりを見る

有機化学の構造決定問題には、 官能基の性質や反応についての知識が必要です。

しかし、それぞれの知識を覚えているだけでは、 複雑な入試問題を解き進められないことがあります。

今回の問題では、 まず共通する糖の部分を除き、 4種類のC6H12Oの 構造を決める問題として整理しました。

そして、Dの系統から得られたPの構造と、 問8で示された反応を組み合わせて、 Eの系統のQを考えました。

解答を読めば、 なぜその構造になるかは 理解できるかもしれません。

しかし、初めて見る問題の中で、 どの情報に注目し、 どの知識を使えばよいかを 自分で判断するのは別の力です。

構造決定問題で考えてみたい3つの問い

  1. 共通している部分と、 異なる部分はどこか。
  2. 「不安定」「還元性を示さない」などの 言葉は、構造に置き換えると何を意味するか。
  3. 別の化合物や別の設問で分かったことを、 ここで使えないか。

弘道塾では、正しい構造式を答えられたか だけでなく、どの実験結果に注目し、 そこから何を判断したのかという 考え方も確認しています。

知識を持っていることと、 初めて見る問題でその知識を使えること。 その間をつなぐ考え方を整理することが、 有機化学の学習でも重要だと考えています。

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